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福岡地方裁判所小倉支部 昭和32年(ワ)779号 判決

原告

代表者法務大臣

井野碩哉

福岡市浜町福岡法務局

右指定代理人検事

小林定人

法務事務官 坂本斎治

福岡市大名町福岡国税局

大蔵事務官 大神哲成

戸畑市東本町一一九番地

被告

西村頼朝

右訴訟代理人弁護士

尾山正義

右当事者間の昭和三二年(ワ)第七七九号詐害行為取消等請求事件につき、当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

訴外戸畑市戸畑五一三〇番地大元博文が、昭和三十二年一月十一日別紙目録記載の家屋を被告に譲渡した行為はこれを取消す。

被告は原告に対し、金三十一万七千百二十六円およびこれに対する昭和三十三年一月九日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その二を被告の各負担とする。

事実

一  原告代理人は、訴外大元博文が昭和三十二年一月十一日別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という)を被告に譲渡した行為はこれを取消す。被告に対し金四十六万四千百五十三円およびこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、

(一)  その請求の原因としてつぎのとおり述べた。

(1)  訴外合名会社大元組(以下大元組という)は、昭和三十二年一月十一日現在国税百四万七千四百四十七円、滞納処分費三百八十円合計百四万七千八百二十七円を滞納していた。

(2)  大元組は右時期において無財産状態であり、かつその社員は大元博文のみであつたから、同人は国税徴収法第二十九条により大元組の滞納国税を納付する義務を負うていたところ、同三十二年一月十一日右滞納国税に基づく滞納処分を免れるため、故意にその全財産である本件家屋を被告に対し七十五万千円で売渡し、被告は右事情を知悉しながらこれを譲り受けたものである。

(3)  原告は国税徴収法第十五条に基づいて博文と被告間になされた右譲渡行為の取消を求めるとともに、該物件はすでに株式会社西日本相互銀行の債権極度額五十万円のため、根抵当権が設定されていてその返還を求めても実益がないので、これに代わる金員の支払を求めるが、本件家屋にはいずれも滞納国税に優先する戸畑市信用金庫のための抵当権の設定(債権残存額十二万円、遅延損害金四万二千六百二十九円計十六万二千六百二十九円)および戸畑市より滞納処分による差押(滞納税額十二万四千二百十八円)がなされていたから、本件家屋の時価相当額七十五万千円から、右優先額合計二十八万六千八百四十七円を控除した四十六万四千百五十三円およびこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合の金員の支払を求めるため本訴に及んだ。

(二)  被告の抗弁事実を否認し、

(1)  被告は博文と被告間の本件家屋の売買は、一に市税を納付する意思でなしたものであるから詐害意思を欠き、詐害行為は成立しないと抗弁するも、本件家屋譲渡当時において同家屋には

(イ) 戸畑市信用金庫のための抵当権設定(債権残存額十二万円)

(ロ) 戸畑市の滞納処分による差押(滞納税額十二万四千二百十八円)

(ハ) 東亜融資株式会社のための抵当権設定(債権額六十九万八千円)

(ニ) 被告のための抵当権設定(債権額三十万円)

がなされていたが、(ハ)(ニ)の抵当権はいずれも滞納国税よりも劣後的地位にあつたから、もし本件家屋が戸畑市により公売されたならば、その換価代金は抵当権者戸畑市信用金庫・戸畑市並びに滞納国税の一部に充当され、被告の債権は回収不能の状態であつた。

(2)  かかる立場にあつた被告が、博文の要求を容れて本件家屋を買取つたのであつて、両名の意図するところが奈辺にあつたかは明らかである。すなわち被告は博文から「債権の弁済に代えて買取つてくれ、そうすれば国税に優先しない被告の債権も回収できて、その後の利用価値もある」と相談を持掛けられ、被告はこれを承諾して本件家屋を譲受け、滞納市税を納付して差押の解除を受けるとともに他の債権者にも弁済し、併せて自己の債権も実質的に回収したと同様の結果をえたのである。

(3)  以上の次第であるから、本件譲渡行為の行われた頃博文としては、本件家屋に対する市税滞納処分執行を目前に控え、これが納付の資金調達に迫られていたのが事実であるとしても、それが本件譲渡行為の一契機となつたものであるとしても、それをもつて本件譲渡行為の主たる目的であつたとすることは一の強弁にすぎず、両当事者の意図は前述のとおり、国税に劣後する抵当権付債権をなんとかして回収せんとするにあり、そのため当然被告らの債権に優先して支払わるべき国税債権の徴収が不能となることを知りながら、敢て本件家屋を譲受けるの挙に出たことは多言を要しない。なお当時福岡県税債権は、いずれも滞納処分執行停止後三ケ年を経過したため消滅していたと述べ、

(三)  立証として甲第一号ないし第五号証、第六・七号証の各一・二を提出し、証人阿久津三郎・丸田正毅の各尋問を求め、乙第四号証の一ないし五は不知、その余の乙号各証は成立を認めると述べた。

二  被告代理人は原告の請求棄却・訴訟費用は原告負担の判決を求め、

(一)  答弁として、原告主張事実中、原告主張の日に主張の家屋を被告が博文から買受けたこと。本件家屋に極度額五十万円とする株式会社西日本相互銀行のため根抵当権設定登記のあること、戸畑市信用組合のためその主張の抵当権設定がなされていたこと、戸畑市から主張の滞納処分がなされたことはいずれも認めるが、大元組が原告主張の国税滞納をしていること、右売買当時大元組が無財産で社員は博文のみであつたから、同人が同会社の右滞納国税の支払義務があるとの事実は不知、その余の原告主張事実、ことに本件家屋の売買につき博文に詐害意思のあつたことおよび被告のその知情事実は否認すると述べ、

(二)  抗弁としてつぎのとおり述べた。

(1)  本件家屋の譲渡は、博文も被告も国税滞納による差押を免れる目的でなしものではなく、ことに博文は、すでに戸畑市から差押えられた本件家屋がどのような形で処分されても、債務超過の博文の手元に残余金の入る望みは全然なく、財産処分による対価が国に払われようと個人債権者に支払われようと、他に財産を有しない博文にとつては全く無関心事であつて、その結果において利得するところは何もなかつたのである。

(2)  詐害行為があつたとするには、債務者たる博文が本件家屋を処分しまたは処分しない自由がある際に、債権者を害する目的で任意に処分したことが前提となるが、本件家屋の処分について、博文は任意性も自主性も有していなかつた。すでに戸畑市から差押えられ多数抵当権者のある本件家屋は、全く博文の意思によつて処分するかしないかの自由はなかつたのである。しかもそれは唯一の目的たる債務弁済のために譲渡され、債務の弁済がなされたのであるから、詐害行為の観念を容れる余地のない処分行為である。

(3)  本件家屋が仮りに鑑定価格で公売されたとしても、戸畑市信用金庫・戸畑市・福岡県の順序に配当されるから、結果的にみて国が支払を受くべき残余金はなかつたのである。

(4)  戸畑市の滞納処分による本件家屋の差押執行の価額は、五十五万九千八百円と鑑定し公売に附そうとしたが、同価格では公買人がある見込がないので、戸畑市は任意売買によつて処分すべく、債権者たる被告や訴外東亜融資株式会社に協力を求めたので、被告はこれに協力の意味で任意売買の方法によつて買受け、その代金をもつて滞納市税や債務の弁済をすることを諒承し、国の交付要求に対しては計算上交付すべき余剰金はない。すなわち差押物件の評価格五十五万九千八百円で公売できたとしても、抵当債権者戸畑市信用金庫・戸畑市の滞納税、福岡県の滞納税を支払えば、国に支払う余剰金はないから、国に迷惑はかからないとの戸畑市の説明によつて安心し、被告に所有権を移転した上で各債権者にも諒解を求め、被告は代金の支払に代えて、各債権者にそれぞれ支払を了したのであると述べ、

(三)  立証として乙第一号証の一ないし七、第二号証の一ないし九、第三号証、第四号証の一ないし五、第五号証の一・二を提出し、証人松本寿太郎、大元博文・小森一三・被告本人の各尋問を求め、甲号各証の成立を認めた。

理由

一  原告主張事実中、原告主張の日に主張の家屋を被告が博文から買受けたこと。本件家屋に極度額五十万円とする株式会社西日本相互銀行のため根抵当権の設定登記および戸畑市信用組合のためその主張の抵当権の設定登記があつたこと。戸畑市から主張の滞納処分がなされたことは当事者間に争がない。

二  成立に争のない甲第一号証によれば、大元組は昭和三十二年一月十一日現在、同二十七年度ないし同三十年度の源泉所得法人税等合計百四万七千八百二十七円を滞納していたことが認められるところ、設立に争のない甲第二・三・五号証、証人大元博文の証言によれば、大元組は昭和二十二年三月一日土木建築請負業等を目的とし、資本金四十万円設立された合名会社で、社員は大元市太郎・同博文の父子二名であつたところ、市太郎は同三十一年八月三十一日死亡し、その社員は博文のみとなつたが、同三十二年一月当時においては資産皆無で国税滞納額のみでも百余万円に達していた。従つて社員博文は大元組の右滞納国税の弁済責任があつたところ、博文の当時の資産は第一・二・三番の抵当権が設定された本件家屋一棟のみで他に財産はなかつたが、同人は同家屋を同三十二年一月十一日被告に譲渡したことを認めることができる。

三  本件の重要な争点は、本件家屋の譲渡が国税徴収法第十五条所定の詐害行為に該当するか否かにあるので、以下これについて検討する。

(一)  本件家屋の右譲渡時における価格について案ずるに、原告は七十五万千円が相当であると主張するところ、成立に争のない乙第二号証の一・二・証人松本寿太郎の証言によれば、戸畑市が本件家屋を公売に付するにあたり、実施調査の上固定資産評価額・建物の位置・環境等諸般の事情を綜合し、係員協議の上決定した評価額は五十五万九千八百円で、これは必ずしも適正価格ではなく、公売にあたつての最低価額を意味することが認められ、証人博文は五六十万程度のものと証言し、被告本人は六十万円位と供述しているが、成立に争のない甲第四号証に被告本人の供述の一部を綜合すれ、被告が福岡国税局員大神哲成・阿久津三郎の取調にあたり、本件家屋の売買価格は七十五万千円であつたと供述したのは、被告が本件家屋の負担する債務の引受支払額登記料等約四十五万円に、被告の大元組に対する債権三十五円を加算した合計額と計算されたもので、現金の授受はなかつたとの供述は措信できないわけではなく、七十五万千円なる価格はその算定の基礎に殆んど合理性のないものであると認められる。よつて以上の諸点を綜合考量すれば、本件家屋の右譲渡当時の客観的取引価格は六十万円とみるのが相当であつて、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  成立の争のない乙第一号証の一・二・七、第二号証の三ないし九、第三号証、第四号証の一ないし五、甲第六・七号証の各一・二、証人松本寿太郎、大元博文の各証言を綜合すれば、つぎの事実を認めることができる。

(1)  本件家屋はもと黄千恵(後に倉光チエノと改名)の所有であつたところ、同人は昭和二十六年八月十六日戸畑市から滞納市税八万二千百十円により差押を受けたが、そのままの状態で同二十八年七月十五日これを博文に売渡し、同人はさらに右差押あるまま同三十二年一月十一日これを被告に譲渡し、被告は同月十八日戸畑市に対し、黄の滞納市税十三万四千八百十八円を支払つて同月二十一日右差押の解除を受けた。

(2)  本件家屋には、博文がこれを被告に譲渡した日現在において

(イ) 戸畑市の差押登記(昭和二十六年八月十六日差押時の滞納市税額八万二千百十円)のほか、

(ロ) 戸畑市信用組合のため債権額十五万円弁済期間二十四年五月三十一日、利息日歩五銭期限後損害金日歩一銭の第一順位の抵当権の設定

(ハ) 東亜融資株式会社のため債権額六十九万八千円弁済期同二十九年三月三十一日、期限後損害金日歩三十銭の第二順位の抵当権の設定

(ニ) 被告のため債権額三十万円弁済期同三十年九月三十日、利息年二割の第三順位の抵当権の設定が各登記されていたが、右戸畑市の滞納処分手続に対し、同三十一年五月二十日前後において戸畑市の債権十余万円のほか、売得金の交付要求のあつたものは、

イ 戸畑市信用金庫(戸畑市信用組合の商号を変更したものと認める)の債権十二万円および昭和三十一年二月十二日以降日歩七銭

ロ 東亜融資株式会社の債権四十五万三千五百九十円

ハ 被告の債権三十万および同三十年九月三十日から年二割の利息

ニ 福岡県の県税債権三十万六千九百五十円(黄千恵の滞納県税で、この分は同二十八年四月三十日までに執行停止後三年経過のため時効欠損として処理済)

ホ 原告の国税債権 百七万五千四百十七円

ヘ 大岡茂六の延滞地代債権 三万六千五百七十六円

で、これに戸畑市の債権を含め、(二)の分を除き元本のみでも合計二百数万円の支払を要したが、本件家屋の当時の価格は前認定により大体六十万円であつたから、その公売による弁済は優先順位により戸畑市、戸畑信用金庫の債権と原告の債権の一部のみに止まり、その余の抵当権者らは全然配当に与かりえなかつた。

(三)  而して証人大元博文は本件家屋を被告に譲渡当時、大元組の原告に対する前記滞納国税債務のあつたことは全く知らず、従つて戸畑市の右滞納処分に対し原告が交付要求をしていた事実は知らなかつた。右滞納事実は本件家屋の家賃を国から差押えられて始めて知つたと証言するところ、成立に争のない甲第七号証の一・二によれば、博文は本件家屋を隅田トキエに月額二万円で賃貸中、本件国税滞納により福岡国税局長から、昭和三十一年十二月十四日到達の差押調書により、右家賃の差押通知を受けたことが認められるから、博文が原告の大元組従つて自己に対する国税滞納債権百余万円あることを知つたのは、本件家屋を被告に譲渡した日から約一カ月以前であることを認めることができる。なおこの点につき被告は、戸畑市からは原告の配当要求がなされているが、国に迷惑はかからない旨を聞知したと主張している。

(四)  成立に争のない甲第四号証、証人阿久津三郎・丸田正毅・大元博文の各証言、証人小森一二並びに被告本人の供述の各一部に弁論の全趣旨を総合すれば、つぎの事実を認めることができる。

(1)  博元の父市太郎は生前戸畑市の市会議員・商工会議所議員などをしていたので、本件家屋に差押あることを不名誉とし、滞納税金を完納したいと念願していたが果さずして死亡し、博文また同様の考の下に、戸畑市に申出でて公売延期を繰返して貰つたが金策の見込みがなかつた。本件家屋が公売されれば、売得金は優先順位により戸畑市信用金庫・戸畑市および原告のみに交付されて、爾余の抵当権者は全然債権の回収が不能であつたため、博文は予て世話になつた後順位のの抵当権者らに、幾分でも本件家屋の処分によつて債権の回収をえさせたいと念願し、被告もまた右の事情から、自己の本件家屋上に有する三番抵当では、博分に対する三十万円およびこれに対する利息債権は全然回収できず丸損となる情勢にあつたが、被告は昭和三十一年十月九日自宅において、国税局員丸田正毅から大元組に対する国税滞納が百万円位あり本件家屋の公売に交付要求をしていることを聞き「それは困つたことになつた。抵当権を設定している分以外にも大元に援助した金があるが取れないことになる」といつて頭を抱えていた事実があり、また博文からも被告が本件家屋が本件家屋を譲受ける以前に、本件家屋が公売されれば、国が三番目に配当を受けることになつている旨を聞かされていたことを認めることでき、これに反する被告人の供述は当裁判所は措信しない。

(2)  かかる事情から博文は被告に対し、「戸畑市が本件家屋を公売すれば、被告ら後順位の低当権者は配当を受けられなくなるから、本件家屋の買取りを引き受けて貰えないか」と申出で、被告は二番抵当権者東亜融資株式会社小森一二に本家家屋の買受方を申出たが断われたので、原告から交付要求がなされている事実を話し、同会社の債権額四十五万三千五百円九十円(乙二の五)に対し、六万円支払つて抵当権登記抹消の承諾をえた。この認定に反する証人小森の証言部分は信用しない。

(3)  そこで被告は博文とともに戸畑市役所にいたり、徴税課長に対し、本件家屋を被告が譲受け、被告において同市に対する滞納税金の代納、その他本件建物の負担する抵当権の処理一切を引受けることの条件で、博文は本件建物を被告に譲渡し、即日その所有権移転登記手続を了し、被告は

(イ) 昭和三十二年一月十八日戸畑市に対し滞納税金十三万四千八百十八円を支払い、同月二十一日本件建物の差押解除の登記を受け(成立に争のない乙四の一・三の一)

(ロ) その頃戸畑市信用金庫・東亜融資株式会社・大岡茂六に計二十七万千四百七十四円を支払い、前二者の本件家屋に対する抵当権抹消登記を受け(同乙三の一、被告本人の供述により成立を認める乙四の三ないし五)以上合計四十万六千二百九十二円で、本件家屋譲渡時のその価格六十万円からこれを控際した残額十九万三千七百八円は、本件家屋が公売となれば回収不能であつたものを、その譲受けにより被告が実質的に博文から回収した債権額といううことができる。

(4)  この点につき被告は、戸畑市は本件家屋を五十五万九千八百円と鑑定し公売に附そうとしたが、同価格では買受人の見込がなかつたので任意売却によつて処分すべく、被告や小森一二に協力をめ求たので、被告はこれに協力する意味で本件家屋を買受けたが、原告の交付要求に対しては、右鑑定価格では計算上原告に交付すべき残余はなく、国に迷惑はかからないとの戸畑市の説明に安心して買受けたと主張するも、これについて何ら立証しないばかりでなく、証人松本寿太郎は、戸畑市の最低公売価格をもつてすれば福岡県に対し交付(その交付要求は過誤によるものと認むべきことは後記のとおり)しても、なお原告に対し七千百九十二円交付される計算であつた旨証言していることに徴しても、同人が被告らに対し、被告主張のようなことをいう筈はないと認められ、右被告の抗弁は採用の限りではない。

(五)  本件家屋は前認定のとおり、戸畑市による差押中による差押中に博文から被告に譲渡されたものであるところ、差押ある家屋を第三者に譲渡しても、差押の効力には何らの影及を及ぼさず、すでになされた交付要求も依然効力を持続するから、この場合は何らの不利益を受けることはないから、差押の持続する限り、博文が本件家屋を被告に譲渡したからとて、博文が財産の差押を免れるため故意にその建物を譲渡したものとはいえないかの如くである。

しかし、本件家屋の譲渡は、博文と被告とが通謀計画的に、まず本件家屋の所有権を被告に移転登記しておき、戸畑市に滞納税金を納付してその差押を解除させ、原告の戸畑市に対する交付要求の効力を失わせ、爾後原告の本件家屋に対する執行を不能ならしめ、戸畑市の公売処分によれば毫も配当に与かりえなかつた二番抵当権者たる東亜融資株式会社、三番抵当権者たる被告、一般債権者たる大岡茂六に、それぞれ債権の一部回収をえさせることを目的としてなされたものと認めるを相当とし、事実そのようにされたことは前認定のとおりであつて、他にこの認定を動かすに足る証拠はない。

(1)  被告は詐害行為があつたというには、債務者が目的物件をその自由意思によつて処分しうる場合に、債権者を害する目的で任意にこれを処分したことを要するところ、本件家屋は戸畑市から差押えられ、かつ多数の抵当権者があり、物件所有者たる博文にその処分の自由はなかつたし、しかもその処分は債務弁済の唯一の目的のために譲渡したものであるから、詐害行為となりえないと主張するけれども、差押ある物件でもその所有者がこれを自由に他に譲渡できないわけではなく、現に博文は差押中の本件家屋を被告に譲渡し、被告はその旨の登記を受けたことは前認定のとおりであり、また債務弁債の目的をもつてなす財産の譲渡行為が、つねに必ずしも詐害行為となりえないとの理由もないから、被告の右主張は理由がないというべきである。

(2)  つぎに被告は、本件家屋が戸畑市の鑑定価格で公売されたとしても、原告の債権に優先する戸畑市信用金庫、戸畑市および福岡県の順位で配当され、原告の受くべき残余金はなかつたと主張するも、成立に争のない乙第二号証の三と、甲第六号証の一・二とを対照考察すれば、福岡県の本件家屋につき黄千恵に対する滞納県税は昭和二十七年五月二十五日および同二十八年四月三十日の二回にわたり、いずれも執行停止後三年経過の理由により時効欠損として処理ずみとなつており、同県戸畑財務事務所長が戸畑市に対してなした交付要求は、過誤に出たもので無効と認められるから、被告の右主張は理由がない。

(六)  されば博文の右本件家屋の譲渡は、まさしく財産の差押を免れるため、故意にその財産を被告に譲渡したものというべく、譲受人たる被告は右譲受の当時博文と通謀し、該事情を知悉していたものであることは前認定のとおりであるから、原告の右譲渡行為の取消を求める本訴は理由があるというべきである。

四  而して被告は本件家屋取得後株式会社西日本相互銀行のため極度額五十万円の債権担保のため根抵当権を設定していることは当事者間に争がなく、原告において本件建物の返還を求め、これを差押えても当初の実効を期しえないことは明らかであるから、その返還に代えて金員の支払を求める原告の請求は理由があるところ、本件家屋譲渡の日現在、同家屋には前記原告の有する滞納国税債権に優先する。

(1)  戸畑市信用金庫のための抵当権(債権残元本十二万円、昭和三十一年二月十二日から同三十二年一月十一日まで三百三十四日間日歩七銭の期限後損害金二万八千五十六円、この合計十四万八千五十六円―成立に争のない乙二の四)

(2)  戸畑市の黄千恵に対する滞納処分による差押(滞納税額十三万四千八百十八円―同乙四の一)

この合計二十八万二千八百七十四円であつて、前認定の本件家屋の右譲渡時の価格六十万円から、これを控除した残額三十一万七千百二十六円およびこれに対する訴状送達の翌日であることの記録上明らかな昭和三十三年一月九日から完済まで年五分の割合の民事遅延損害金の支払を求める限度において、原告の本訴は正当であるからこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却すべきである。

五  よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 中倉貞重)

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